project story01

関西屈指の巨大なアーチ型ダムに、
650メートルのトンネルと
鋼鉄製のゲートを設置するという挑戦。

大阪本社 ダム部 部長 水摩 智嘉

大阪本社 ダム部 部長

水摩 智嘉

1989年入社

父が官庁でダム建設に携わっていたため、幼い頃から何度かダムに連れて行ってもらったことを覚えているという水摩。CTIにはダムに携わりたくて入ったわけではないが、奇しくも父と同じ分野の仕事をすることになった。これまで天ケ瀬の他にも、大小合わせて20近いダムの設計を手がけてきた、いわばダムのプロフェッショナル。そして父親と同様に、自身が手がけたダムを家族と一緒に眺めに行く。

国土が狭く急峻な台地に多くの河川を擁する日本では、諸外国に比べてダムの建設技術が高度に発展した。日本初の重力式コンクリートダムの建設工事が始まったのは1900年。以来一世紀余にわたって3000基以上のダムが設置されてきた。しかし自治体の財政難やダム建設適地の減少から、近年では新規ダムの建設が減り、代わって近年の異常気象に備え、既設ダムの「治水・利水機能」の強化や有効活用が急務とされている。

しかしダムの改修工事はきわめて制約が多く、新築よりもはるかに高い技術が要求されるといわれる。大阪本社の水摩智嘉が指揮をとった京都府の天ケ瀬ダムの改修工事も、そんな困難な技術への挑戦であった。天ケ瀬ダムは、琵琶湖から大阪湾に注ぐ淀川本流に建設された唯一のダム。1964年の竣工以来、淀川の治水と宇治市への上水道供給、総出力約60万キロワットの水力発電を担ってきた。しかし洪水調節機能の強化と新規利水のため、1989年よりダムの下に国内最大級の放水路トンネルを建設する「天ケ瀬ダム再開発計画」がスタートした。

地元自治体との折衝を経て、ついに2013年から日本最大規模のトンネル式放流設備(全長650メートル、直径10.3メートル)の建設工事が開始されることになった。この大プロジェクトの事業計画策定、放流設備の設計、そして建設工事全体のマネジメントを担当するのが、CTIにおけるダムのスペシャリスト、水摩智嘉である。

SEQUENCE.01

地中構造物では前例のない、厳しすぎる設計条件

天ケ瀬ダム再開発計画の中でも、国内最大級の「放水路トンネル工事」は当社がプロポーザルで受注したプロジェクトです。当社のプランの最大のポイントは、徹底した地震対策にありました。一般的に地上の施設なら、万一地震で損傷しても修復は可能です。また地中の施設であっても、岩盤と地中の施設は同時に動くため、耐震性はさほど問題になりませんでした。しかし今回、長さ650メートルのトンネル内に、鋼鉄製の「主ゲート」(高さ4.9メートル)、「副ゲート」(高さ6メートル)を埋設して水量を調整するという方式のため、わずかな損傷も許されません。そこで、まず耐震性能の検討に際して、他のダムでは前例のない、断層の連動性も考慮し地震の大きさを設定しました。より厳しい条件で管内動水圧を算定し、3次元シェルモデルにより耐震性能の比較検討を実施。チーム内の鋼材の専門家からの助言に従い、安全を確保できる高強度部材をチョイスしました。

一方、コンクリートの専門家から、「主ゲートを背後のコンクリートで支持するだけでは地震時の安定性が確保できない可能性がある」という意見が出てきたため、前方のコンクリートに打ち込んだ2本のアンカーでゲートを支える「テンションビーム方式」を採用。他にもあらゆるポイントで耐震性能照査を実施し、最終的にL2レベル(阪神・淡路大地震程度)の地震に耐えられる強度を確保しました。

もう一つの当社プランの強さは、前述の二つのゲートと、ダムの流入部に設けた高さ12メートルの「修理用ゲート」を、どういうシーンでどの順序で開閉すれば最も効果的な運用ができるかというマニュアルまで準備したこと。これは、まさに数多くのダムを手がけてきた実績を持つCTIだからこそできた提案だったと思います。

SEQUENCE.02

想定以上の破砕帯に行く手をふさがれる

このプロジェクトでは、受注後も、引き続き私が放流設備の設計、施工の調整などを担いました。本当に難しいのは、ここからです。事前に周辺の地質調査は行うのですが、ボーリングの本数にも限界があります。工事が始まってから思わぬ事態に遭遇することも珍しくありません。今回もそうでした。

2015年9月、吐口部の近くで、想定よりも遥かに大きな破砕帯が見つかりました。工事を一時中断し、追加の調査や試験、対策検討のためにスケジュールが数カ月遅れるのは避けられません。しかも土中の状態が悪いと補助工事が必要になり、工期どころか工費にも大きく影響することは間違いありません。さっそく左右6本のボーリング調査と各種圧縮試験を行い、地耐力を測定。その結果、当初の想定を追加対策による工費の増加が想定されました。これでプロジェクトがストップするわけではありません。天ケ瀬ダムの再開発プロジェクトは国土交通省だけではなく、関係する自治体からも支援をいただいているため、きちんと報告書を作り、事業費等監理委員会などに説明を行い、了承をいただきました。

現状としては、プロジェクトの完成度は6~7割。今も頻繁に天ケ瀬ダムの現場に足を運び、状況を確認したりゼネコンの工事責任者と打合せをしたりしています。完成まであと数年はかかるでしょう。プロジェクトがひと段落した暁には、これまで私が手がけたダムでそうしてきたように、家族を連れて一緒に見に行こうと思います。

SEQUENCE.03

ダム技術者ならではの、一本の線を引く「恐さ」

ダムに関わる仕事をしていると、「一本の線を引くことの怖さ」をよく感じます。今、ここで私が図面に線を引くと、やがてその通りに構造物が出来上がります。それはダム全体を支え、水をせき止め、効率良く放流します。そして最終的に、その周辺地区で暮らす人たちの生活を支えます。ダム建設関連の住民との交流イベントなどで近隣の人と話をすると、彼らからの期待をひしひしと感じると同時に、この人たちに少しでも不利益をもたらすようなものづくりをしてはいけないという大きな責任と使命を感じます。

ダムの設計には、河川やトンネルに関する豊富な知見が必要です。しかも地震が多い日本のダムは、世界一厳しい設計基準が求められます。日本のダムは、土木関連の技術者にとって、最も面白いテーマだと思います。だからこそ、現地を訪れ、自分の五感で感じ、確かめたデータを大切にしています。一本の設計線を引く怖さがある反面、私が考え、判断した「線」によって最終的にこれだけ大きなダムがこの世界に姿を現すというプロセスこそが、この仕事の最大の醍醐味だと思います。

SEQUENCE.04

ダムは、技術者にとって最も面白いテーマ

これからの日本では、新規ダムを建設するチャンスはなかなかないと思います。それより、既存のダムをどうやって機能向上させるかがより大切になるはずです。実は、ダムは新しく建設するよりも既存の機能向上の方がはるかに難しいんです。なぜなら、数十年という工事期間中、既存のダムをストップさせるわけにはいきませんから、従来の機能を保ったままで新しいダムをつくらなくてはならないこと。さらに古いダムになると、周辺地盤の地質データが満足に残っていないケースも多く、見えない場所は経験に頼るしかないということ。でも、私たちが計画・設計したダムが国土強靭化の一助になっているという実感は、何物にも代えがたいと思います。そして今後は、ダム設計を通じてモノゴトの「本質」を見抜く力を持ったエンジニアをもっと育てていきたいと思っています。